2013年2月2日土曜日

気持ちとお財布の一致・営業力強化の処方箋

「でも・・・やっぱり、数字を作らなければいけないんですよね。」

ある、大手SI事業者の若手営業の研修で、こんな発言があったそうです。

この研修で、営業の責任者から、

「ビジネスを変えてゆかなくてはならない、もうSIに頼っていられる時代ではない、営業が自ら変わらなくちゃいけない・・・」というような話をされたそうです。

そんな話へのコメントだったそうです。

この会社は、クラウドやデータセンターなどのサービス・ビジネスで大きな成果をあげています。しかし、営業が与えられた予算を達成するには、受託、請負、派遣と言ったこれまでのSIビジネスに頼らなくてはなりません。この発言には、こんな背景があったようです。

営業研修やコンサルティングで、SI事業者の方とお目にかかると、誰もが危機感を口にします。特に、若手は今の現実を敏感に感じ取っています。会社の施策や経営に対して、しっかりとした意見を持っている人も少なくありません。

もちろん管理者や経営者もまた、この現実に目を背けている訳ではありません。自分たちのビジネスのポートフォリオを変えてゆかなければならないと認識しています。

しかし、現実には、若手は管理者や経営者の無策に疑心暗鬼となっています。一方で、管理者や経営者は、前線の営業が変わる事を求めるものの、その動きの鈍さに憂い、鼓舞し、尻を叩いているのです。

お互いに「なんとかしなきゃ」の気持ちは同じなのに、相互不信が広がっている。そんな現場を少なからず見ています。

気持ちとお財布が一致していない

問題の本質は、ここにあるように思います。

つまり営業の評価制度が、事業戦略や施策と一致していない、いや、まったく無関係に作られているからではないでしょうか。

多くの企業では、営業の予算は、売上と利益の金額です。それだけです。これでは、数字をあげやすい既存顧客からのリテンション・ビジネスや、やり方がわかっていて数字が読みやすい受託、請負、派遣に営業活動に傾注するのは当然の事です。

新規顧客開拓の目標が与えられている場合でも、実質的には努力目標の域を出ず、最終的には売上と利益の数字でしか評価されないケースも少なくありません。

毎年の人事考課の中で、事業戦略を個人目標に組み込んでいる場合もありますが、その評価は主観的で、数値として客観的に評価される場合は少なく、本人のモチベーションに大きな影響を与える事はありません。

少し古い話ですが、私がIBMで現役の営業をしていた頃、営業には金額としての「予算」はありませんでした。そのかわりノルマとしてポイント達成が求められました。

ポイントとは製品やサービスごとに設定されており、おおむね金額に連動していました。しかし、戦略的に販売しなければならないものは、金額以上に高いポイントが設定されます。

また、特に重点的に販売しなければならない商品カテゴリーについては、個別に特別なポイントが用意されていました。例えば、小型機種の販売を強化するためにSmall Business Unit (SBU)ポイントというものが設定され、販売金額とは関係なく、その台数を評価する仕組みになっていました。特に、重点的に販売しなくてはならない製品については、意図的に高いポイントが設定されていました。

営業は、夫々のカテゴリーでポイント達成目標が与えられていました。そして、それらが、コミッションに連動しており、すべてを達成できて初めて100%のコミッションが支払われます。また、100%クラブといって、優秀営業を表彰する制度があるのですが、すべてのカテゴリーで目標達成できなければ、表彰される事がありませんでした。

そして、このルールやポイント制度が、毎年変わるのです。つまり、その年の事業戦略に連動して、ポイントの重み付けやカテゴリーを組み替え、営業のお財布と会社の事業戦略を一致させていたのです。また、期中に新たな営業戦略を実行しなければならない場合は、特別ボーナスを設定し、あらたな目標を与えます。このように、事業戦略と営業のお財布が、常に一致するように常に配慮されていたのです。

営業は、会社が何を期待しているかを、このポイントで理解し、その達成を目指します。そして、もっとも効率よくすべてのポイントを達成できるように、自分の担当するお客様毎にアカウントプラン、つまり販売戦略を立てるのです。

このようなポイント制度を毎年改訂するには、相当な手間がかかります。会社全体の経営方針、事業部門毎の施策、それらをすべて勘案し、ポイントを設定しなければなりません。実際には、この制度を設計、維持するための専任組織を設置していました。それほど、大変な仕組みだったとも言えます。

ただ、ポイントという数字によって営業個々人の営業活動を事業戦略に一致させるべくコントロールする仕組みは、ほんとうによく考えられたものだと思います。

このようなシステムの伝統やコミッション文化のない日本企業が、そのまま真似する事は、現実的ではないと思っています。しかし、この考え方の本質は、「事業戦略とお財布を一致させる」ということを考える上で、参考になるのではないでしょう。

事業を意図する方向に向けるために人を動かそうとするとき、言葉で危機感をあおり、精神論を鼓舞したところで、自発的な行動を促す事はできません。

「全社一丸となって、事業の改革を図ろう」
「全員営業で、新規顧客を開拓しよう」
「全員で危機感を共有し、改革を進めてゆこう」
 ・・・

このようなお題目をいくら並べてみても、それが、わかりやすい形で、お財布に直結しなければ、営業は動きません。

「上の人は、言っている事と、やっている事が違う」

そういう疑問を現場に与えてしまえば、結果として士気は低下し、事業の改革も変革も「かけ声倒れ」で終わってしまいます。

では、どうすればいいのでしょうか。

例えば、事業戦略をバランススコア・カードを使い、個々人のKPIに落として、それを営業成績や人事考課に反映させるという方法があるかもしれません。一部の企業、特に外資系の企業などでは、そんなことをやっているところもあるようです。

あるいは、営業成績を会計上の売上や利益と切り離し、戦略的な商品やサービスの数字上の重み付けを変えて、成績評価することもひとつの方法かもしれません。

また、公平という名の下に、営業全員の成績評価を同じ売上や利益で縛るのをやめ、
  • 新規顧客開拓営業は、売上1000万円以上顧客を10件開拓する。
  • 戦略事業開拓営業は、新規事業に関するアライアンスを10件契約する。
  • 既存顧客担当営業は、対前年比10パーセント増の売上と利益を確保する。

というように、営業タイプを分けて、その評価をかえるという方法も有効かもしれません。そうすれば、自分のやるべき事とお財布は一致する訳で、現場に自発的行動を促す事ができるかもしれません。

このとき、一度決めたルールに固執する事なく、戦略の変更とルールの変更をセットで運用する事が大切です。

このような話をすると、必ずこんな反論が返ってきます。

「おっしゃることはごもっともだが、人事に手を付けるというのは、容易な事じゃありませんよ。なかなか、すぐにはできません。」

「じゃあ、いつやるんですか?」と、のどの奥に引っかかってしまうのは、大人気ないでしょうか()

また、「お財布なんかじゃなくて、自分たちの会社の事として、自分の問題として考えるべきじゃないのかなぁ」というご意見も聞こえてきそうです。特に、オーナー企業の社長などにありがちな発言です。

しかし、だからこそ、あなたは経営者であり、他の人が社員なのだという現実を無視しています。雇われの身であろうと、愛社精神はあります。自分たちの会社をなんとかしたいと思っています。しかし、それは見返りを伴う事が前提です。最初はそういう気持ちに頼る事はできても、経営者が無策のままでいれば、いずれは気持ちも離れてしまうでしょう。

ところで、このような制度を考える上で、欠かせない事があります。それは、戦略策定とマーケティングの能力を強化することです。

ビジネスのトレンドを的確に把握し、それをどのように事業化してゆくのか。経営者はしっかりとしたビジョンを持ち、マーケティングはその戦略を組み立てます。

しかし、未だ多くのSI事業者は、お客様のご依頼をしっかりとこなす能力には長けていても、その能力を使って、お客様からの新たなご依頼を引き出す武器に仕立て上げる能力に欠如しています。

大手SI事業者でさえ、コーポレート・マーケティング機能を持っていないところがあります。これでは、事業戦略とマーケティングの一致、それに基づく戦略的営業施策を組み立てる事はできません。当然、営業の評価制度も、中途半端なものになるでしょう。

すべてを一度に実現する事は困難であるにしても、営業に変革を求めるのなら、経営が率先して、この現実を直視し対策を始めるべきでしょう。営業研修だけで、営業の行動を変えさせる事などできません。

営業研修を生業にしている私が、自分で自分の首を絞めるような発言ですが、これは真実だと思っています。

「気持ちとお財布を一致させる」

本気で営業力を強化したいのなら、この大変な課題にも立ち向かわなければならないことを自覚しておくべきだと思います。

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